ローイングのトレーニングの再開とケガのリスクの回避(邦訳)


国内では、新型コロナウイルス感染症の感染者数が再び増加傾向にあり、様々な制約の中で活動が行われています。ボートのトレーニングについても同様で、基本的な感染対策のポイントをしっかりと押さえたうえで、新たな生活様式の中でスポーツ活動を数カ月ぶりに再開する途上にいま私たちはいます。

日本ボート協会では2020(令和2)年10月に全日本選手権、全日本大学選手権(インカレ)を開催するために、新たな大会運営の方針を定め、計画に当たっていますが、今後、練習量を増やして競技会に出たいとお考えの皆さまには、例年にも増して慎重なコンディショニング、トレーニング強度のコントロールをお願いしたいと思います。

この文章は国際ボート連盟(FISA)が掲出したトレーニングの再開とケガのリスクの回避についてを邦訳したものです。参考にしてください。

※原文:http://www.worldrowing.com/news/return-training-advice-for-post-peak-and-post-pandemic-periods


World Rowing Covid-19 パンデミック

「ローイングのトレーニングの再開とケガのリスクの回避について」(2020年6月)

多くの国で新型コロナウイルス感染症(Covid-19)のピーク期が過ぎ、通常のスポーツ活動の再開を考慮する時期に移っています。楽観的な見地としては、通常通りローイングのトレーニングが再開され、やがてレースが可能となります。多くの国は「ロックダウン」の時期を強いられ、水上でのローイングの機会を失い、個人の家での環境以外にはトレーニングの機会は限られていました。FISAからの勧告と地域の公衆衛生のガイドラインによれば、ローイングクラブは再開し、ボートが水上に戻りつつあります。通常の生活を熱望する時期ではありますが、この時期にはケガをするリスクに対する注意が必要です。

近年スポーツによるケガのリスクの解明が進んでいます。シーズン中のトレーニングと競技の負荷の調整が不十分な場合や、選手の負荷が急に増えて変化する場合にケガを負うリスクが高まることがすべてのスポーツで共通して報告されています(1)。ローイングでは「負荷」として、エルゴメーター、ストレングストレーニング、水上トレーニングなどの様々な様式が含まれます。トレーニングの基本的原理は、体の組織の生物学的応答を刺激するように負荷をかけることです。この応答により生理学的適応を生じ、心肺持久力や筋力などの領域が改善します。重要なことですが、トレーニング負荷に対し適応を生じさせるために体には十分な回復の時間が求められます。応答、回復、適応の一連の周期がトレーニングプログラムの基本です。この周期は個々のアスリートに固有であり、応答、回復の能力は人それぞれ異なっています。

ローイングではケガは負荷が蓄積し、回復が不十分で疲労が取れない場合に生じます。体は負荷に対処できず、十分な適応が生じません。これまでの報告で、ローイングにおいてケガが生じやすい時期がいくつか知られています(2)。中断されたトレーニングが再開された後の数週間(シーズン後のオフからの再開時)と、スプリント(レガッタ)シーズンへの移行期間です。この時期に共通して発生するパターンは腰痛と肋骨疲労骨折です。この状態は回復に時間を要することがあります。ローイングの選手は中止したトレーニングを再開してボリュームを劇的に増やすことがよくあります。回復が不十分でも数週間はこれに対処することができるようですが、あまりにも急に負荷を増やした場合にはケガのリスク因子となります。必ず続けられなくなる人がでてきます。

トレーニングの負荷を段階的に変えていくことで適応が実現可能となり、ケガが起こりにくくなります。パンデミックの到来ですべての人の生活は明らかに変化し、ローイングの選手はトレーニングする能力が切り詰められ、水上トレーニングはまったくできません。この状況がケガのリスクにどのように影響するか、これまでの経験はほとんどありません。最近のデータは、あくまでもトレーニングの短期間の中止あるいは減量をモデルとしたものですが、このような場合においてもケガのリスクが増加することが知られています。よく引用される研究ですが、2011年にthe National Football League (NFL)の選手が契約問題により3カ月間の一時解雇を余儀なくされた時の影響が報告されています(3)。競技復帰後29日以内の選手のアキレス腱断裂が他のシーズンと比較し4倍増加したことがプレー復帰と関連していました。シーズンの残りの期間中、他のケガの発生率も他のシーズンよりも高い状況でした。

ローイングの選手はロックダウンの間にフィットネスをある程度維持しようとして過ごすことでしょう。この状況は通常のトレーニングプログラムとは大きく異なります。ロックダウンの影響の一つとして、必然的に減少してくるものは「エクササイズ以外の身体活動量」です。つまり、ローイングの選手はトレーニング負荷を維持する目的で、エルゴメーターやランニングをいつも通り十分に取り組んでいるかもしれませんが、活動や日中に動き回る一般的なレベルは明らかに減少しています。したがって、全般的な負荷は通常よりもずっと少なくなります。筋力の維持は最大の関心事となります。骨格筋は使わないと状態不良になりやすいことはよく知られ、わずか1週間の活動量の減少により変化が生じます(4)。極端な不使用(完全な臥床安静など)により筋力は一日1.5~2%ずつ減少することがあります(5)。ローイングの選手がこのような劇的な変化を経験する機会は稀ですが、注目すべき点は、既にトレーニング状態が良好な人ほど筋肉の状態不良が急速に進むことです(6)。世界選手権後のカヤック選手(カヌー競技)で、トレーニング減量(1週間にエンデュランストレーニング2回、ストレングストレーニング1回)が5週間続いた時の影響を調べた研究では、最大酸素摂取量が6%、ベンチプレスとベンチプレスの1RM(1回最大挙上重量)がそれぞれ4%、3%減少し、まったくトレーニングをしなかった選手では減少率がこの2倍であったことが報告されています(7)。筋力と筋持久力はケガから体を守ります。トレーニングの減少により腱や靱帯の力に障害が生じ、負荷への耐久力が損なわれてケガのリスクを高めることが知られています。このことからもストレングス、エンデュランストレーニングは、ローイングの選手がこれまでのレベルのトレーニングを行えるような基礎的なフィットネスを再構築する役割があることがわかります。多くのローイングの選手は多大なボリュームのエルゴメータートレーニングに時間を費やすことでしょう。注意すべき点は、エルゴメーターと水上ローイングではバイオメカニクスが明らかに違うことです。エルゴメーターでの準備レベルが高くても、水上トレーニングに戻った時にケガから選手を守るとは考えられません。

防衛的な筋力の減少、トレーニング強度と量の減少、スキルの減少、スプリントなどへの耐久性の低下などがほとんどの選手に生じており、すべてケガのリスクと関係します。それでは、ローイングの選手は復帰する際にリスク緩和のためには何をすればよいのでしょうか?コーチはこの点について重要な役割がありますが、選手にも責任があります。1週間あたりのトレーニング量の増加が10%を超えないようにするとケガのリスクを減少させることができると提示する研究があります(1)。Australian Institute of Sport (AIS)による最新の見解表明では、完全なトレーニング負荷に復帰するまでの時間はトレーニング量が減少した期間の長さと、この期間中に行われてトレーニング量に比例すると記載されています(8)。すべてのアスリートに適応されるトレーニング処方への復帰のための固有の公式は無いことが強調されていますが、状況は人によって異なるからです。考慮すべき因子として、これまでのトレーニング歴、健康因子(体力、メンタル)、現在のスキルレベル、選手の年齢、今後の重要な競技会などの個人的な要因などが挙げられます(8)。例えば、多くのローイングの選手が8週間水上トレーニングを中断されています。この間に通常のトレーニング量の60%を実施できた人が完全なトレーニング量へ復帰するまでに要する時間は、通常のトレーニング量の40%を実施できた人と比べて短くなります。しかし、進行に影響するすべての因子を包括する公式は存在しません。個々のケースに応じて個別に考える必要があります。初めは通常よりも少ない量でトレーニングを行い、回復を十分に取り、可能であれば選手個人に合うようにカスタマイズすることが妥当でしょう。できるだけ早くレジスタンストレーニングを取り入れ、ボートの上でのスキルを取り戻すことにも焦点を合わせてください。

距離と強度(外面的な負荷尺度)や自覚的運動強度などの主観的尺度(内面的な負荷尺度)のような個別の指標を計測することでトレーニング負荷をモニタリングする必要があります。適切な回復の要因として、睡眠と適宜ビタミンDのサプリメントを用いるような栄養の観点を含めてください(9)。ローイングの選手のトレーニングへの応答を測定するためにふさわしい単一のマーカーは存在しないため、多元的な手法を考慮する必要があります。ローイングの選手は摩擦のパターンが変化することで手やその他の場所にまめを作りやすく、皮膚の感染を防ぎために特に注意が必要です。競技(特に選手選抜)を急ぐことは避けるべきです。選手がシーズンに「追いつく」見込みは低く、大会主催者はこのことを考慮する必要があります。同様に、早期の段階で選手にテストでパフォーマンスを発揮するようなプレッシャーをかけることは勧められません。一貫したトレーニングができなかったことで、個々の選手が異なった反応を示すことでしょう。したがって、早急に行ったテストの情報は可能性の尺度としては信頼性が高くないことが予想されます。

選手がCOVID-19に感染して発症した場合、関連する症状を呈した場合など、医学的判断無しにトレーニングに復帰すべきではありません(10)。FISA Sports Medicine Commissionは復帰の際のトレーニングのリスク評価に関するガイドラインを公表しています(11)。ケガを避けるための重要な注意事項を表1にまとめました。

ローイングのトレーニングの再開とケガのリスクの回避(邦訳)


影響を受けやすい選手のとして、ジュニアアスリート、既にケガを負っている選手などが挙げられます。図1に有効なアドバイスを提示します。


図1アスリートのリスクの背景とその対策

ローイングのトレーニングの再開とケガのリスクの回避(邦訳)

Stokes KA, Jones B, Bennett M (2020). Return to play after prolonged training restrictions in professional collision sports. International Journal of Sports Medicine, より許可を得て転載


最後になりますが、心理学的なストレスにより選手のケガのリスクは高まることが知られています。最近数カ月ではすべての人が多くのストレスを抱えています。このことを過小評価すべきではありません。まず初めに焦点をあてるべきは、パフォーマンスを上げるためのプレッシャーではなく、ストレングスとコンディショニングです。このような方針が良好な基盤づくりを達成され、その後さらにはより定期的なプログラムを始めることができるようになります。

以上

Prepared by Fiona Wilson (IRL), Kate Ackerman (USA), Tomislav Smoljanovic (CRO) with contributions from Juergen Steinacker (GER), Jo Hannafin (USA), Henning Bay Nielsen (DEN), Mikio Hiura (JPN), Mike Wilkinson (CAN). Agreed by the FISA Sports Medicine Commission.
Acknowledgements: Thank you to Mick Drew (Australian Institute of Sport) and Keith Stokes (University of Bath) for advice and information.

参考文献

  1. Soligard T, Schwellnus M, Alonso JM, Bahr R, Clarsen B, Dijkstra HP, et al. How much is too much? (Part 1) International Olympic Committee consensus statement on load in sport and risk of injury. Br J Sports Med. 2016;50(17):1030-41.
  2. Wilson F, Gissane C, Gormley J, Simms C. A 12-month prospective cohort study of injury in international rowers. Br J Sports Med. 2010;44(3):207-14.
  3. Myer GD, Faigenbaum AD, Cherny CE, Heidt RS, Jr., Hewett TE. Did the NFL Lockout expose the Achilles heel of competitive sports? J Orthop Sports Phys Ther. 2011;41(10):702-5.
  4. Dirks ML, Wall BT, van de Valk B, Holloway TM, Holloway GP, Chabowski A, et al. One Week of Bed Rest Leads to Substantial Muscle Atrophy and Induces Whole-Body Insulin Resistance in the Absence of Skeletal Muscle Lipid Accumulation. Diabetes. 2016;65(10):2862-75.
  5. Wall BT, van Loon LJ. Nutritional strategies to attenuate muscle disuse atrophy. Nutr Rev. 2013;71(4):195-208.
  6. Stokes KA, Jones B, Bennett M, Close GL, Gill N, Hull JH, et al. Returning to Play after Prolonged Training Restrictions in Professional Collision Sports. Int J Sports Med. 2020.
  7. Garcia-Pallares J, Sanchez-Medina L, Carrasco L, Diaz A, Izquierdo M. Endurance and neuromuscular changes in world-class level kayakers during a periodized training cycle. Eur J Appl Physiol. 2009;106(4):629-38.
  8. Sport. AIo. Prescription of training load in relation to loading and unloading phases of training (2nd Ed). 2020 [
  9. Moran DS, McClung JP, Kohen T, Lieberman HR. Vitamin d and physical performance. Sports Med. 2013;43(7):601-11.
  10. Niess AM BW, Friedmann-Bette B, Grim C, Halle M, Hirschmüller A, Kopp C, Meyer T, Niebauer J, Reinsberger C, Röcker K, Scharhag J, Scherr J, Schneider C, Steinacker JM, Urhausen A, Wolfarth B, Mayer F. Position stand: return to sport in the current Coronavirus pandemic (SARSCoV-2 / COVID-19). Dtsch Z Sportmed. 2020;71:E1-E4.
  11. FISA Sports Medicine commission JSG, Jo Hannafin (USA), Mikio Hiura (JPN), Mike Wilkinson (CAN), Donia Koubaa, (TUN), Piero Poli (ITA), Petra Zupet (SLO), Tomislav Smoljanovic (CRO), Kathryn Ackerman (USA), Fiona Wilson (IRL). Return to Training post peak Corona virus pandemic. 2020 [